グランドバザールには十幾つもの入口がある。
私たちが先ほど見つけ損なった門は、ベヤズット門だ。
今やって来た入口はマフムトパシャ門だ。
バザールには4千4百ぐらいの商店がある。南北方向の商店街は15本以上、東西方向の商店街は13本以上ある。
小さな店と店との間の石畳道の上にはアーチの屋根があり、アーチの装飾には中東の芸術の雰囲気があった。たくさんの商店の2階とアーケードがつながってひと繋がりの広大な建物を形作っている。
このバザールの商店街は商品の種類によって、いくつかの地域に分類される。金銀装飾品、絨毯、革製品、陶磁器、銅器、布地、衣料品、雑貨。
入口近くですぐに、目も眩(くら)むばかりの金の装飾品が満載されたショウウインドーが目に飛び込んだ。この時になって、私たちが足を踏み入れたのは、金銀宝飾品のエリアなのだと気がついた。
ほとんどの品は大きくて、重そうで、高価なのだった。もしも身につけたら、首が痛くなるだろうし、手首も痛めるのではなかろうか。
これらの金の装身具は花嫁の両親が娘のために買い整える持参の品や、結婚の際に新郎が花嫁に婚約の印として贈る品である。(これはイスラム教徒の習慣で、MAHRと呼ばれている。)
一つ一つが何百グラムもありそうなブレスレット、それらが隙間なくガラスのケースの中に陳列されている。
トルコでの金銀装飾品の加工費は日本に比べて安いので、手工芸の手の込んだものは、大変お買い得だという。
私たちはクレジットカードを持っているが、私は商品の写真を撮るだけで買わなかった。もしも買ったとすると、空港で免税手続きが必要で、やっかいだと思う。
私のような庶民が、あんなお金持ちの産油国の女性が結婚の儀式に着けるようなものは、そもそも必要ない。
聞いたところによると、日本の団体旅行はトルコ石の加工工場が観光予定に組み入れられている。あるいは日本人の観光客はまちがいなく、グランドバザールの商店でトルコ石の装飾品を買うことになっている。
どうしてかというと、ガイドや旅行社が商店からリベートをもらうからである。
私は一軒の装飾品の店を見つけた。
商品はどれも宝石だとか金装飾ではなく、色がきれいなトルコ玉や、水晶のような価格の安いものばかりだ。
この時に私は突然、トルコ石の首飾りを買いたくなった。
トルコ石がトルコ石と言うからには、トルコが産地なのだろうと思ったからだ。価格は日本より安いだろう。
帰国後、トルコ石というものはトルコで採れるのではないと知った。しかしイスタンブールは古来、東西貿易の中心で、トルコ石はトルコで加工されてもいたのだ。
私は壁に掛けられた十何本かのトルコ石の首飾りを見つけた。
皮膚の色が白くて黒い髪の若い男の店員に聞いた。
「これはいくらですか? もう一本のこれはいくらですか?」
店員は76ユーロと85ユーロだと答えた。
そこで、もし二本買ったなら、安くしてくれるかもしれない、100ユーロで二本買いたいと思った。しかし私はユーロを持っていなかったので、聞いた、「日本のお金使えますか?」
彼は、「No!」と言った。
そして彼は私と、やることもなく椅子に座っている息子を見て、「あなたの息子さんに店の番をしてもらえませんか? それでしたら私があなたを交換所に連れて行きますよ」と言った。
私には息子が真面目に店番をするかなと思ったが、店員と一緒に20メートルそこそこ離れた一軒の商店に行った。
カウンターには白いトルコ帽をかぶったお年寄りがいて、私に日本円とユーロとの交換比率はいくらかなとたずねた。
しかし私は知らなかったので、老人は彼の知っている交換率でユーロをくれた。
私は店に戻ると、店員に百ユーロ札を一枚渡して、「二本欲しいんだけれど、だめかしら?」
しかし店員はうんと言わない。
おまけに、息子まで私に言った、「二本だったら160ユーロだろ。母ちゃんの渡した100ユーロでは足りないだろう。当然ダメに決まってる!」
(この馬鹿息子め! 足を引っ張りおって)
私は、一本を選んで店員に渡した。
彼はトルコリラのお釣りをくれた。
私の買ったトルコ石の首飾りは緑色で、真珠の形をしている。直径は11ミリだ。一つ一つの玉には、自然の黒い筋が入っている。これは本物のトルコ石なのかどうか? 価格は妥当かどうか?
帰国後もなお、はっきりとは分からない。