通貨交換所の店員は、先ほど下りてきた坂道を戻って登っていき、あの大きな建物を通り過ぎ、坂道を上り終えたら右に曲がると、すぐ市場だと教えてくれた。それであの建物が市場ではないとようやく分かった。
半信半疑で坂道を登っていくと、小さな路地に出た。
この小道は大変混んでいた。
商店はみないろいろな商品を展示棚にかけたり、カウンターに並べている。陳列してあるのはこの地に住む人たちの生活用品だ。衣服、運動靴、靴下等々。
街行く人はゆっくりと歩いていて女性はみなスカーフをかぶっている。大部分がトルコ人の家族連れである。
数十メートル行くと、すぐにグランドバザールの入口が見えた。
入口の所にはMahmutpaşa門と表示されていた。
ようやく私たちは市場に着いたのだ。私の目はバザールの入口の、刺繍やスパンコールでキラキラするたくさんのテーブルクロスに吸い寄せられてしまった。
私は一軒の露天商のそばで、足を止め、白いきれいなテーブルクロスを見ていた。
私はトルコ旅行に来る前には、土産物は買うまいと決めてきていた。どうしてかというと、土産物は、旅した人に旅行が面白かったことを思い出させてくれるものだが、大部分の土産物は実用性がなく、だんだんと邪魔になってくるからだ。
私はカッパドキアで二枚のテーブルクロスを買ったことを思いだした。あのときは細かいところを検討する時間がなくてすぐに買った。
しかし、一枚日本円で1万円したことが、良かったのか悪かったのか、今もって分からない。
私はイスタンブールの商人に、掛かっているテーブルクロスの値段を聞いた。
彼は100ユーロだよと言った。
そこで私はここで買う必要はないなと思った。
しかし、商品台の上に積んである小さなテーブルクロスは安いだろう。そこでいくらかと聞くと、10ユーロ(日本円にして千数百円)だと言う。
私に使い道についてひらめいたものがあった。
もしも我が家の小さいガラス窓に貼り付けたら、きれいだろうな。
私は商人に言った、「こんな白くて透明なテーブルクロスを、何枚か買いたいんですが」
商人は比較的高くて大きなものを売りたいと思ったのか、かれは掛けてあるいろんな色のテーブルクロスを指さした。
だが私が答えないでいると、私に一枚のキラキラ光るスパンコールの付いた白くて透明なテーブルクロスを差し出した。
そして私に言った。「50ユーロにしておくよ!(7千数百円相当)」
この価格は彼が最初に勧めた価格の半分だった。
そこで私は買うことにした。もしも日本の百貨店で似たような品質のものを買ったら、ずっと高いだろうと思った。
若い方の店員が、ポリエチレンの袋にテーブルクロスを入れてくれた後で、小さい透明な袋を見せた。
袋の中には巨大なダイヤモンドの指輪のようなものが幾つも入っていた。
商人と若い衆からのおまけのようだった。
しかし、私は一目見ると、彼がくれたものは子供のおもちゃの装飾品かもしれないと思った。私は心の中で、「使わないものは欲しくないんだけれどなあ」と考えた。
私は自分の手に持った袋の中の巨大なダイヤモンドの指輪を見たり、彼らの顔色を見たりした。
彼らにはどうしてこの日本人の女性が指輪を喜ばないのか訳が分からないというように見えた。
息子が言った、「母ちゃん! くれるって言うなら、持ってけよ、早く行くぜ!」
私はまだこの指輪の使い道が分からなかったし、もらうかどうか決めていなかった。それで商人にありがとうというのを忘れてしまった。
帰国後、息子は私に言った。
「この指輪は透明なカーテンを留めるのに使うんじゃないかな?」
息子の洞察力に感服しました!