明日は観光の最後の日だ。夜には飛行機に乗る。
だから私は荷物の整理を始めた。その後でスーツケースを詰める。しかし、今夜は整理の一部分だけで良い。
というのは、明日の晩もこの部屋を使うことができるからだ。料金はすでに支払い済みだ。明日の晩一泊分の二人分8千円だ。
だから明日はイスタンブールの観光のあとで、このホテルに戻ってシャワーを浴び、ベッドで休むことができる。旅行社のスタッフが夜の9時に私たちを迎えに来て、空港まで送っていってくれる。
ホテルは、明後日の私たちの朝食は準備しなくても良い。夜の9時以降は私たちの部屋が空くので、他の客を泊めることもできる。そのような理由で、第一日目に早朝着いたとき、ホテルは部屋を用意してくれたのだろう。
私と息子はベッドで休みながら、明日の観光の予定を話し合った。
見なければならないのは、路面電車のスルタンアフメット通りに沿って、ローマ競技場跡からグランドバザール、その後で、北に向かって曲がって、坂を下りていってエジプシャンバザール。
それからボスポラス海峡周遊。
息子は明日の一番重要な観光スポットは観光船に乗ることだと理解した。
結果として息子の頭の中から周遊船の他のことはみんな消えてしまった。
私はバザールでトルコのちょっとした商品を見るのが好きだった。が、息子はそういう趣味は持ち合わせていない。
イスタンブールに帰ってきてからここ数日、息子がどんどん元気になっていくのに気がついていた。私はベッドに寝たまま、隣のベッドの息子に聞いてみた。
「どうして哲ちゃんはそんなに嬉しそうなの?」
息子は、「だって僕たち、明日は日本に帰るんだよ!」
この答えは、意外だった。
私にとって旅行は面白い体験ができるし、旅行に行けば日常生活の憂さを忘れることができる。だのに息子にとっては、トルコ旅行はつらいもので、面白くなかったというわけ?
ここに来るために大金をはたいた。
トルコがものすごく暑いとは言っても、毎日毎日見る物は珍しい風景や、古代の建造物や遺跡、食べ物。外国人にとって、当然魅力がある。それなのにどうして息子はトルコ旅行が面白くないのか?
息子は私の困惑している様子に気づいて、意地悪くベッドの上で寝たままの姿勢で、飛び跳ねた。
最後に息子が私に教えてくれたのは、旅行が面白くないわけは、自分が英語を話せないからだという。
だから、私の言うことを聞かざるを得ない。
もう16才にもなって、まさに反抗期なのだ。母親の言うことなどてんで聞きたいはずがない。
しかし、今は英語を習得する必要性を切実に感じたに違いない。
旅行が勉強に対して良い効果を生んだとしても、私は、がっかりしてしまった。そもそも旅行の目的は息子と一緒に愉快に夏休みを過ごすことだったからだ。
私は昨日のことを思い出した。城壁からスルタンアフメット駅に戻ったときの一件だ。
路面電車の近くのローマ競技場跡にドリンクとちょとした食べ物を売っている商店があった。このスタンドは観光客にとってとても便利だった。
私もここで何回か飲み物を買ったことがある。しかし毎回毎回私が従業員を呼んでいた。
あの時は息子に英語を使って自分で買わせようと思った。
そこで私は息子に、ミネラルウォーターを買うように勧めた。
息子は何十秒もためらっていたが、私は忍耐強く息子をみていた。
とうとう、息子はカウンターの中の若いトルコ人の男の人に、何か言った。
従業員は息子の方をふり返ってちらりと見た。
しかし息子はすぐに狼狽(ろうばい)して逃げ去った。
そこで私は追いかけて質問した、「どうしたの? あの人なんて言ったの?」
息子はただ、「僕にはできないよ!」と言うだけだった。
帰国してから息子は教えてくれた。
従業員はこう言ったそうだ。「Pardon ! (すみません聞こえなかったんです。もう一度言ってくださいませんか?」
自信がなくて、息子の声が小さすぎたのだ。
息子は外国人と話す練習をしっかりやる必要がある。