中華料理屋はビルの東北の角にあった。
私たちは入口の階段を何段か上がってレストランの中に入った。
若いトルコ人の男性がやって来て、私たちを二階に通じる階段の近くの、北に面したテーブルに案内した。入口に大変近い。しかも、支払いカウンターや飲み物の箱が近くにある。
私たちのテーブルのそばの窓は開け放たれて、室内は暑い。辺りの雰囲気は雑然としていて汚い。
レストランの東側は先ほど登ってきた坂道に面していてテーブルが幾つかあって、何人かの客が食事している。
私たちは座ってから数分後にはこの席は良くないねと互いに言い合っていた。
私と息子はこの席が気に入らず、「どうして私たちがこの場所に座らなくてはならないの。あっちの方には良いテーブルがたくさんあって、お客さんが何人か、食べながら楽しそうにやっているじゃないの!」
そこで、私はあの従業員を呼んで言った。「ここはものすごく暑いから、私たちはエアコンのある所で食べたいんだけれど」
従業員はすぐに席を換えてくれて、東の方にあるテーブルに移った。このテーブルには窓がなかったが、壁にはエアコンが付いていた。
従業員はエアコンのスイッチを入れて、私たちが満足した様子を見て戻っていった。
彼は日本語が話せた。だが、座って落ち着いてみると、私たちのテーブルの並びにある数個のテーブル脇のガラス窓は、みな開いていた。電気の無駄遣(むだづか)いである。エアコンを動かしても効果がないではないか。
しかし、マルマラ海から吹いてくる涼風が開け放った窓から吹き込んでくる。いくらかは涼しさを感じる。
トルコ人と日本人の意思の疎通はこんなふうに難しい。
従業員はどうして私たちを入口付近のテーブルに座らせたのだろうか、今でも分からない。
レストラン内の飾りは赤を中心とした配色だった。
赤いカーテン、赤い透き通った布で作った大きなボンボンがぶら下がっていた。当然、テーブルクロスは鮮やかな赤だ。
あの従業員が私たちの所へ来たので、私は日本語で料理を注文した。
まず海鮮ラーメンと鶏肉ラーメンをたのんだ。
ラーメンを食べているとき、この料理屋のラーメンの味は普通だなあと思った。
しかし、息子は何度も何度も、「美味しいよ!」と言った。
そこで私は焼き餃子(やきぎょうざ)と水餃子(みずぎょうざ)を追加した。ラーメンの値段はどれも10リラ以下で、日本と同じだ。
このレストランの餃子は中国で食べるように、たくさんあって、安いだろうと期待した。(中国では一皿に5百グラム)
しかし、現れた小皿の上には8個の小さな餃子が載っているだけだった。
少なすぎる!
息子は値段のことには無関心で、一言、うまいなと言うなり食べ尽くした。
トルコに来てからというもの、日本料理も中華料理も食べていなかったので、調味料の醤油の味が特別美味しく感じられた。
料理以外はオーダーせず、飲み物は持ち込んだペットボトルの水をこっそりと飲んだ。
食べ終わって、あの従業員にいくらかと聞くと、彼は私をレジに案内した。レジには長い髪の35才ぐらいの女の人が座っていた。彼女は中国人のようだった。
私が英語でクレジットカードは使えるかと聞いたが、彼女は、「No ! 」と言った。
そこで、私はユーロを使って支払った。現在いくらだったのか思い出せないが、多分20ユーロ(40リラ)ぐらいだったろう。
イスタンブールで中国人を見たので、私はちょっと楽しかった。(私は昔は必要上英会話を勉強していたが、今では中国語をやっているからである。)
しかしこの女の人はだいぶ疲れている様子で、仕事に対する熱意が感じられない。
彼女は私の顔をちらりとも見ず、にこりともしなかった。
そこで、私はこの人は従業員ではないなあと想像した。
不真面目にやっても怒られない立場の人か。彼女には仕事に真面目に取り組む態度が全然ない。トルコに来て出会ったトルコ人の店主や従業員はみんな親切に接待してくれた。
私は少しガッカリした。
彼女はトルコの生活が面白くないのだろう、それでも離れられない理由があるのだろう。