ガイドと私たち観光客はいっしょに混み合った道を歩きながら、右に左に現れるいろいろな遺跡を見た。
夏と言えばヨーロッパ人にとっては長期休暇の季節だ。
我々団体の中には一人の若い日本人男性がいた。
彼は25才ぐらいの社会人のようで、グレーのツバ帽子(キャップ)をかぶっていた。面白いのはこの帽子には後ろに日よけの布が付いていることだ。
まるで太平洋戦争のころ、アジアのジャングルに駐屯していた日本の軍人の帽子のようだった。
そこで私と息子は、彼のことを話題にするときに、彼のことを『日本兵』と呼んだ。
彼に関心がないわけではないけれど、私たちと『日本兵』は話をする機会がなかった。
私が疲れていたからだ。それで挨拶もしなかった。
お互い日本人だし、日本のどこから来たのか、とかを話したら良いのに何も話さなかった。
しかし、帰国後息子は言った、「『日本兵』は大劇場でぼくに写真撮ってって言ったよ」
私は、「あの人のカメラはすごく大きかったね。デジタルカメラだったの?」と聞いた。
「違うよ、フィルム式だった。」
それでは息子が撮った写真のできはどうだったろう?
『日本兵』は一人でトルコに来て、困ったことはなかっただろうか? と私は思った。
私は歩いているとき前を歩く人の足を見ていた。とても疲れていたので、どうしても視線が落ちてしまったのだ。
この時、ハイヒールを履いた女の人の足に目が行った。
あれ? ハイヒールだ!
トルコを観光する欧米の女性の大部分がウォーキングシューズを履いている。だから石ころだらけの古代遺跡を観光する人が、ハイヒールを履くのが信じられなかった。
私は彼女の後ろを歩きながら、その身なりを観察した。
彼女は白い大きなツバの帽子をかぶり、きれいな薄紫色の袖無しワンピースを着ている。
帽子から薄茶色の髪の毛がはみ出していた。きれいな人だなという印象を受けた。
彼女はガイドの脇の下のあたりの腕につかまっていた。
何だ! そういうことだったの。
ガイドはガールフレンドを観光に連れてきていたのだ。
彼女の前でかっこよくガイドをして見せなければならなかったのだ。だから、私たち観光客が彼の部下であるかのように我々に命令したのだ。
劇場から古代図書館までの道は、ひどく混んでいた。
ガイドはほかのたくさんの団体の観光客に挟まれて言った。
「ここはとても混雑しています。はぐれるのを防ぐために、この傘を目印にしましょう!」と私の傘を指し示した。
そこで私は、微笑みながらガイドの気持ちを酌(く)んで、自分の傘を高々と上に上げた。
ガイドも私の行動を見て満足気にニコニコした。私たちの団体の雰囲気はほのぼのとした物に変わった。
そのあとで古代図書館の近くの娼婦の館の大理石の標識のまえで、「ここでは観光客の誰もが写真を撮ります。さあ私があなたたちの写真を撮ってあげますよ」と言った。
ローマ時代の公衆トイレに来ると、ガイドは真っ先に大理石の便器に座ったので、私たちも大喜びで便器に腰をかけた。
図書館の入口で、私たちは大理石の床の上にしゃがんで、ガイドが図書館の歴史の説明をするのを聞いた。
私たちは卒業旅行をする学生のように和気藹々(わきあいあい)としていた。