病院の車がホテルに行く途中で、私は米ドルのトラベラーズチェックをトルコリラに換えなければならないことを思い出した。
男性事務員はある銀行の前で車を停めて、私たちの替わりに銀行に換金できるかどうか聞きに行ってくれた。彼は戻ってくると、この銀行は現金化できないと知らせてくれた。
その後(あと)で、彼は私たちを、OOホテルに送ってくれた。
私はホテルのフロントで言った。「7OO号」
私はルームナンバー以外何も言わなかった。ホテルの人たちに何も報告する必要はないと心底で思ったからだ。
部屋に帰ってみると、鏡台のテーブルの上に電気ポットと砂糖、食塩が置いてあった。
ビックリしたのは、プラスチックのコップの中に、小さなダイヤが合計1カラットついた指輪が入っているのを見つけたことだ。
昨晩、ドクターが私たちを病院に連れて行ってくれた時は、指輪のことは完全に忘れていた。フロントの職員が英語ができない以外は、このホテルのサービスは良いらしい。
私が手紙を書いて要求した砂糖と食塩は留守中に届けられていた。
私が入院している間に、マネージャーは、私の書いた手紙をようやく手にして読んで、私の病気がどのように変わっていったのかが理解できたのだろう。
多分、マネージャーにはどうして私が彼らの仕事ぶりに不満であったのかがようやく分かったのではないか。
エーゲ海の風景は美しい。
昼間ホテルのベッドでゆっくり休める機会は多くない。
息子はプールに泳ぎに行った。
昨晩入院していた人間が翌日に泳ぐなんて、当たり前のこととは思えないが、息子は点滴されたことを、非常に不満に思っているので、私は息子の好きなようにさせた。
私は洗濯された衣服がベランダで太陽のもと干されているのを見て、満足だった。トルコに来て以来、洗濯物をお日様で乾かせたのは、初めてだった。
私たちは日常、脱水機を使っている。そのため、脱水機がなかったら、洗濯物は乾かすのに時間がかかるということを忘れている。
海外で病気になってしまって心配したが、丸一日で治ってしまって、本当に運が良い。
午後、ノンビリと過ごした後、プールのそばで晩ご飯を食べた。
一昨日(おとつい)や昨日(きのう)と同じで、プールから湧き出てくる水が、排水されるときの音がユーモラスに聞こえてきた。
食後客室のベランダで一台のカメラを交替で使って風景の写真を撮った。
昨日ギリシアから来たギュベルジン島近くに停泊している豪華客船は夜のエーゲ海をバックにきら星がたくさんに輝いているようだし、林立しているホテルの群はコウコウと明るく、ホテルのそばのヨットハーバーの灯火はパラパラとまばらに輝いていてとてもきれいだ。
息子が注目したのは私とは違って、泊まっているホテルから近い別のホテルの写真だ。
私は気づかなかったが、屋上レストランには食事しているたくさんの人がいたらしい。帰国後、パソコンの場面上で拡大してみると、テーブルに着いている一人一人の姿勢が見てとれて面白かった。
その様子が大変にユーモラスだ。ガリバー旅行記の中の、小人のようだった。私たちは、夜の景色を結構長い時間を使って楽しんだ。
クシャダスのホテルに泊まった三日目の朝、私はホテルに手紙を書いた。
海外旅行保険に加入している泊まり客が病気になったら、面倒を見てやって下さいと要求した。
たとえば、私たちの場合は、ここで死んだ場合、一人頭(ひとりあたま)、保険会社は家族に30万ユーロ相当を払わなくてはなりません。ですから保険会社は決して病人の面倒を見る費用の支払いを拒否することはありません。
私の書いた手紙の内容は単刀直入ではないが、ホテルに対する不満を表していた。
息子は私に言った。
「母ちゃん、ありがとうって書いたら?」