私たちは6階の部屋に入った。
部屋はエーゲ海に面していた。テラスからはホテルのプールが見えた。プールの周りにはホテルの屋外レストランのテーブルが置かれている。
海岸との境界の柵に沿って、白い幌の屋根のついた個人用の長椅子。
水着を着て寝そべっている女の人は、白い二枚貝(ホタテ貝)の船に乗った愛と美の女神のようだ。
プールを見ていた息子は泳ぎたくて泳ぎたくてたまらなくなった。
そこで私たちはフロントにプールの利用の手続きに出かけていった。
私はつい先ほど宿泊手続きをしたあの従業員にプールの入場チケットはいくらですかと聞いた。
しかし彼は私の言うことがわからないらしい。
そこで、英語を使って、例えとして、私の知っているホテルは外から来た客にはいくら、泊まっている客にはいくらと要求するが、あなたのホテルはいくらですか? と聞いた。
ようやく私の言いたいことがわかったらしく、彼は尋ねた。
「あなたはこのホテルに泊まっていますか?」
私は、「Yes !」と答えた。
(なんだ、彼は私たちがこのホテルの宿泊客だと知らないんだ。)
彼は、「No charge (無料です)」と答えてきた。
(私たちの事では彼を困惑させたようだった)
こんな簡単な内容のことでも意思の疎通が煩わしいのだ。
しかし息子は大喜びだ。
だが私は息子に泳がせてやらなかった。今日は疲れすぎているし、すぐに晩ご飯だから。
このホテルは宿泊費に込みでバイキング形式の夕飯を提供していた。
普通のホテルならば夕食は客の好きにさせるものだが、たぶんホテルが港湾都市のクシャダスから6百メートル離れているからだろう。街に晩ご飯を食べに行くのは少し不便だ。
ガイドブックによると、街の中心の近くにはギュベルジン島(Güvercin) という小島がある。陸地から島まで3百メートルの長さの橋がかかっている。海岸沿いにはたくさんのホテルや商店があって、大変賑わっている。
ここに来るなら港を散歩したいと思っていた。しかし今は疲れていて知らない土地を歩く元気はない。港の観光は無理だと感じた。
太陽は目の前でエーゲ海に沈んだ。
私たちはプールの脇のテーブルに座る。
このホテルにたどり着くまでに、私たちは2回の夜行バスに耐えた。そしてまたこのホテルでは3泊4日の予約をしている。それで私は気が楽になった。
若い男の従業員がやって来て、飲み物は何にしますかと尋ねた。
そこで私はアイスティーが欲しいと言った。
私は英語で、「I don't like can, please glass !(缶入りではなくてグラスに入ったのをね!)」と言った。たぶん怖い顔で言ったかもしれない。
彼は神妙な顔で聞いていた。
厳しく要求したにもかかわらず、たぶん彼は缶に入った紅茶を持ってくるだろうと思っていたが、なんと氷の入ったグラス入りの紅茶を持ってきたのだ。
私は思った、私はとうとう近代化された私たちの文明圏に戻ってきたのだと。
海辺の景色はたいそう美しい。
辺りのビルの色がだんだん変わっていく。
遠くのギュベルジン島や港湾の灯火(ともしび)がともった。無数の灯火が海岸の風景をチカチカと彩り、とてもきれいだ。
ところが、このロマンチックなムードを突然の大きな音がぶち壊した。
その音は私たちがこの世界にあり得たのかと思うほど大きなげっぷの音だった。
私たちはおもわずその〈ゲボッッ・・・ゲボッッ・・・〉がどこから来るのかとふり返って見てしまった。
音の出ている場所はまさに中年の欧米人の男性がひとり座っているところだ。その人はどうして良いかわからないようすでいる。
この奇っ怪な音はこの海辺のレストランに間欠的に響いたのだ。
二日目の早朝、部屋のテラスからプールを眺めていると、二人の従業員がプールサイドを掃除していた。そして昨日の夜の音がまた聞こえた。
プールからあふれ出た水が排水されるときに、音が出ているのだった。しかしこのプールの水は非常に透明で、塩素の臭いがして、ものすごく清潔だった。