ガイドが行ってしまったので、私と息子は温泉の入り口で、温泉の説明の看板を読んだ。
書いてあるのは温泉のミネラル成分についてだ。ここではガイドブックのデータを紹介する。
特に高いのがカルシウムで446mg / L、マグネシウム106mg / L、炭酸1055mg /L、硫酸651mg /L、ケイ酸350mg / L。
もしも温泉水を飲んだら炭酸水と同じように爽快(そうかい)な味がするのだろうか?
レストハウスを通り抜けて、南の国のリゾートホテルの屋外カフェのような樹木が茂っている場所に出た。ガラスの屋根の下には、籐椅子とむくの木のテーブルがあった。
座りたかったが空いている席がない。
花が咲いているキョウチクトウの茂みの向こうには、青い水をたたえた池があった。
40人そこそこの水着を着た観光客たちが、水中の白い石材にしがみついている。
石材の形状は様々で、てんでに温泉の中に散らばっている。
私はNHKのテレビ番組(世界遺産) で温泉プールを見てから、パムッカレのローマ時代の温泉プールに憧れていた。
番組の中の温泉プールは水晶のように透明で、炭酸の泡を発生していた。地震の時に倒れたローマ時代の神殿の円柱が水の中にある。
建物の石材は水中にあっても、柱の縦に刻まれた彫刻跡ははっきりと見ることができる。
解説員はプールの中に倒れ込んだ石材があると言った。
だから、私は、地震の時に温泉の近くにある神殿がプールに倒れ込んだと思っていた。
しかし、これは、誤解で、帰国後、旅行ブックを読んで見ると、地震の時に倒壊した都市の遺跡の上に、泉の水が貯まって自然の池になったのだという。その結果が自然の温泉プールのできあがりなのだ。
ローマ市民は別に浴場を持っていた。私は正確なことを知らなかったし、実際に見たプールの状態がNHKの番組とは違っていた。
目の前のプールの水質はきれいとは言いがたい。水面には植物性のプランクトンの薄皮が浮いている。
濁りのために、水中の建物の建材の輪郭もはっきりしない。
私にはこの池がNHKが紹介した古代温泉プールとは思えなかった。
私たちは大変混雑したドリンクバーで缶入りコーラを買って、立ったままで飲んだ。
私は息子に言った。
「この池の様子はNHKと違うよ。NHKが取材した後で遺跡保存のために、観光客用にトルコ政府が建設した複製のプールと違うかな? ホントのプールは考古学博物館の中じゃないかな?」
(ガイドブックは述べていた、博物館の建物はローマ大浴場の復元物だと。)
そこで私たちは広場に出た。
博物館に来ると券売所の職員に、「博物館の中に古代プールはありますか?」
彼の答えは「No ! 」
プールのレストハウスと博物館は大変近い。百メートルぐらいだ。
しかし私は、大変疲れていた。私たちはプールのそばに帰ってきた。私が思い違いをしたために、大変な無駄骨を折ってしまった。
しかし息子は文句も言わない。
無駄に使った時間が惜しいよ!
私たちはプールの観光客を見ていた。
もしも泳ぐとすると、パスポートや貴重品をロッカーに預けなければならない。海外に来て万が一盗難に遭ったら打つ手なしだ。
息子が言った。「母ちゃん、ぼくは劇場が見たいなあ‥‥‥!」
劇場はプールから山に向かう途中にあった。
この辺りの丘陵には木が生えていないし、植物も見かけない。
禿げ上がった山の斜面は太陽の光を反射して眩(まぶ)しかった。
私たちが周遊車に乗った時は、遠くだったから見ることができたのだ。
劇場までいったいどれだけ時間がかかるのかわからなかった。
劇場の下の建物までは、大変近いように感じられたが(百メートルぐらいだろうか)、いざ歩き始めてみるとどんどん遠くに感じられるのだった。