彼女らはトイレの個室の前に列を作りおしゃべりをしていた。
私は驚いた。というのは、彼女たちやその夫はたぶんすでに退職して、時間がたくさんあるだろうに、よりによってこんなに暑い季節にここへ来るとは、と思われたからだ。
この時、私は男性トイレの様子を見ていないので、彼女らが夫といっしょに来たものか、女同士で来たものかわからなかった。しかし、団体客はお互いに知っているように見えた。
手を洗った後で、私は車に戻ろうと思って、地下都市への入り口の建物のそばを歩いて、柵の門を通り抜け門外に出た。
どんどん離れていくと、突然、うしろのほうから男性の怒鳴り声が聞こえた。規則を守らない人に注意をしようとする怒鳴り声のようだった。
私には無関係なことだと思って、私は商店の方に向かって歩き続けた。
しかし、怒声がやまないのでふりむくと、一人のイスラム風の長い服を着た、太った中年のトルコ男性がいた。
私にはどうしてその男の人が叫び続けているのかわからず、歩き続けた。
まだ彼は怒鳴っている。
私はおかしいなと思って、立ち止まって彼の顔を見ると、彼が呼んでいたのは私だった。
いったいどうしてあの人は私を呼んでいるのかな?
私はすぐに気がついた。
彼は私を日本の団体旅行の観光客と思い込んでいるのだ。
彼が怒っているのかいないのかは分からないが、とにかく彼には担当した観光客をまとめる責任があるのだ。
彼は私にこんな事を言っているのだろう、「門を出たらダメだよ、ここに戻ってきなさい!」
私は7、8メートル離れている彼の顔をよく見た。
サブのガイドのその人は、たぶん英語も日本語もできないので、トルコ語で叫ぶしかなかった。
私の方はというと、トルコ語が話せない。そこで私は困ったなあという顔をして見せた。そしてまた歩き始めたのである。
こんどは彼は叫ばなかった。
体の大きい強そうな外国の男性に怒鳴られるのは本当に怖くなってしまう。私には初めての経験だ。
バスに戻るとき私は傘の立ててある商売人の前を通り過ぎた。
そこでは布でこしらえたカッパドキア土産の人形を売っていた。価格は10リラだ。
ゲートを出ると柵のそばに二人のお年寄りが立っているのを見つけた。
スカーフをかぶった老婦人は、英語で叫んだ、「 Two lira ! Two lira ! (2リラ 2リラ)」
叫びながら私に人形を一つ見せるのだ。
そのそばの一人の老人はイスラム帽をかぶっていた。
彼の方は、「Five lira ! Five lira ! (5リラ 5リラ)」と叫びながら、一対の男女の人形を掲げてみせるのだ。
老人たちの人形の値段は、商人たちのに比べて安かった。
彼らはこのあたりの農民だろう。彼らは傘もなく、カッパドキアの太陽に焼かれている。
観光客がゲートから出てくるのを見るたびに、人形を掲げて売り声を上げるのだ。
バスにもどってから主人の母親が土産の人形が好きなのを思い出した。
しゅうとめは人形をコレクションしている。
私は車を降りて例の二人のお年寄りの前に出かけていった。
私がやって来たのを見ると、彼らは前のように売り声を上げた。
お婆さんとお爺さんは競うようにして大声を上げた。だから二人は夫婦ではない。
私はおばあさんから人形をひとつ2リラで買った。
二人とも年齢は70歳を超えているのではないか。どうして人形を売らなければならないのか、ほかに生計の手立てはないのか?
帰国後、彼らのことを思い出すことがある。おばあさんの売っていた人形の布地はたいへんに粗末で、家庭で使い残した布で作ったのだろう。
たぶん、家族が自分の家で人形を作ったのだ。