昨夜はあんなに田舎が怖いと思っていたのに、翌日起きる頃には、私の恐怖心は消えていた。
今日(きょう)は今日でやらなければならないことがあったからだ。服などをスーツケースに入れなければならなかった。
私が服を着ていると、息子が「ピザパイうまかったぜ」と言う。
私はピザパイの中のチーズの口当たりの良いおいしい味を思い出した。
食べたいと思っても、ピザパイの入っていたプラスチックの箱にはもう一切れも残っていない。息子が私のことを考えてくれないのが恨めしかった。
息子は一人で部屋の外に出て行って、戻ってくると言った。
「母ちゃん、階段をのぼることができるよ」
そこで私たちはいっしょに屋外階段をのぼった。
階段は自然の巨大な岩石の表面を削って造ってある。
私が2階に上ると、そこには屋外レストランがあったが、今は客はいない。
私が上ったのは2階に過ぎないのに、目の前の北に広がる風景は大変美しい。早朝の太陽が目の前の三角帽子のような岩石の立つ大地を照らしている。
突然ゴーゴーという音が聞こえてきた。
私たちのホテルの北の空に熱気球が一つ、浮かんでいる。
鮮やかな色の気球が長方形の船をぶら下げていた。
気球は断続的にゴーゴーという音を立てている。
突然、若い日本人の男の人が一人、客室の前のベランダに現れた。
その人は私に話しかけた、
「すぐに気球がこっちに来ますから、そのときがシャッターチャンスですよ」
しかし、その人はカメラを持っていない。
私は急いで自分のカメラを準備した。
気球はみるみる大きくなった。
とうとう私たちのホテルに近づいてくると、ホテルの頂上を越えて南の方へ消えていった。気球に乗っている観光客の顔が見えた。
写真を撮ったあとで、息子が呼びに来て、もっと高い階段の上へ行こうと誘った。
そこで私たちは一緒に客室の前のベランダを伝って一階また一階と上っていった。
ベランダにはトルコの独特の織物を掛けたソファーとテーブルがあった。各階のソファーはたぶんその階の客室のくつろぎのスペースなのだろう。その階の泊まり客に属する物なのだろう。
しかし、あの日本人の男性以外の客を見かけていない。
私たちは5階にあたるベランダにたどり着くと、ソファーに座って風景を眺めた。
私たちの右側が東で、太陽が昇ってきた。
まだ高くはなかったが、岩の側面を照らしている。
私たちの目の前はたくさんの奇怪な形をした岩のある北の平原だ。平原からたくさんの気球が早朝の上昇気流に吹き流されて、私たちのいるホテルの 最上階に漂って来るのだ。
まるで 御伽(おとぎ)の国だ。
目の前の三角帽子の形の岩は巨大だが、私たちの座っているところはもっと高い。
このホテルは山腹をくりぬいて造ったので、この最上階の屋根は山頂なのだった。ここからはギョレメ(Göreme)地方の地平線が見える。
ここまでやって来るのは大変苦労したが、こんなに珍しいきれいな景色を眺めることができたのだ。
さわやかな朝の風が私たちの体を吹き過ぎていった。