目が覚めたとき、空はすでに薄明るくなっていた。
 外は果てしない草原だった。一軒の建物も、一本の木もない。
 ほとんどの乗客はまだ寝ている。
 果てしのない草原を見て私は感動した。灰色の空に一片の月が掛かっている。
 私は窓側に寝ている息子を起こして、外の写真を撮った。
 私は息子に景色がキレイだよと言って、いっしょに遠くの地平線を眺めた。地平線は雪のように白い物が広がっている。
 薄い霧がだんだん消えていき、地平線が湖の表であることが分かった。
 バスは大きな湖畔を走っていたのだ。
(帰国後に知ったのだが、この湖はトゥズ湖【Tuz Gölü】と呼ばれ、日本の琵琶湖の3倍の面積があり、塩湖なのだった。)
  
 バスは南に向かって走り、私たちの右側は西、向かって左側の東に向いた窓からは、まぶしい太陽の光が射しこんできた。
 バスの中はたちまちザワザワして、目を覚ました人たちはまだ眠いとみえて、カーテンを閉めた。
 空が完全に明るくなったころには、その湖は見えなくなった。
 さきほど私が草原だと思っていた所は牧草地に変わっていた。
 牧草地にはトラクターで刈り取った跡と、牧草地の区画の境界線があった。
 (帰国後わかったのだが、7月は小麦の収穫期だ。目の前に広がっていたのは、収穫後の小麦畑にちがいない。)
  
 昨日の夜、トイレの外で私の面倒を見てくれた若い添乗員は、乗客にミネラルウォーターを配るサービスを開始した。
 バスの前から後ろに向けて乗客の一人一人にプラスチックのコップを配り、続いて水を注いで回った。
 通路をはさんで私の左側の席で一晩を過ごしたあの少年は、元気ハツラツと起きて、ゴミ捨て場にプラスチックのコップを捨てに行った。
 少年の顔は自信に満ち得意気だった。
  
 例の乗務員は満面笑みを浮かべて続いて乗客に紅茶のサービスを始めた。バスはいつも揺れていて、ちょっとの揺れで火傷(やけど)をするかもしれない。
 彼は昨夜、寝ることができなかったが、2日目の勤務態度はこんなに立派なのだった。
  
 車外の牧草地に木が一本、また一本と現れた。
 小高い丘陵と農地。
 地平線のかなたまで一軒の建物もない。
 バスは、とうとうターミナルに着いた。ここの建物はホテルのような3、4階のコンクリート造りだった。
 乗客の大部分がバスを降りた。あの少年とお祖母さんも、お祈りをしていた老婦人も降りて行った。
 私はここで降りたものかどうか分からなかった。
 このターミナルは農村の駅のようで、観光地のバスターミナルの雰囲気がしない。
 私たちは下車せず、バスは木の生えていない丘陵を走っていった。
  
 バスはクネクネと丘陵と丘陵のあいだの狭い道路を走る。
 私は興奮した。とうとう私たちはカッパドキアの奇岩地帯にやって来て、行きすがら有名な奇岩の風景を楽しむことができるのだと思った。
 ところが、2、3分したところで、小さな丘を通り抜けたと思ったら、バスはすぐに止まってしまった。
 乗務員が私たちの所にやって来て、言った。
 「カッパドキア!」
 風景は私の期待したような広大な感じはなく、ただ巨大な岩が数個あるだけの乾燥した平らな土地なのだった。

 

カッパドキアに向かう夜行バス。夜が明けて。

朝靄の中、地平線が白い。塩湖のツヅ湖

琵琶湖の三倍の面積のツヅ湖の空にかかる月

まだ寝ているおばあちゃんと男の子

一面の収穫後の麦畑

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