私たちは急いで博物館の入り口に戻った。
午後6時に旅行社が車を用意してくれることになっているので、旅行社に帰らなければならない。
フロントでリュックを受け取っていると、息子が、「母ちゃん、見てごらんよ! ここに日本刀があるよ」
フロントに近いガラスの展示ケースの中にたくさんの刀剣があった。
一ふりの刀の表面には金箔で三つ葉葵が描かれていた。これは日本の徳川家の家紋だ。
それで私は息子に、「これは日本の天皇がトルコ皇帝に贈った物だよ。あんた、良く見つけられたね。私たち日本人にとって重要なものだよ」
帰国してから調べるとその刀剣は天皇ではなくて、徳川将軍がトルコ皇帝に贈った物であるとわかった。
インターネットで調べたのだが刀剣の由来についてはわからなかった。
博物館を出ると、外は暑かった。
道ばたにはたくさんの黄色いタクシーが停まっていた。
タクシーは客待ちしていた。
そこで私たちは一台に乗り込んだ。
この時は地下鉄に乗ろうとは思わなかった。
直接路面電車のカバタシュ駅に行くつもりだった。
タクシーが向かったのは北の方だった。行きたいのは南の方だ。
私たちは心配でドライバーがどこに向かっているのか見ていた。
車は丘陵地帯を緩やかにクネクネと走っていき、樹木の多い山腹にはマンションが建っている。
あるときには右手に海が見え、あるときには左手に見えた。
このドライバーは遠回りして料金メーターを上げるつもりじゃないだろうか?
私たちがどう心配しようがお構いなく、タクシーは坂道を下って行き、とうとう海岸に着いた。
メーターの数字は26リラだった。
息子が40リラを渡したが、ドライバーはお釣りを寄こさない。
私たちはすぐに車を下りて、路面電車に乗った。
車内は混雑していた。
ガラタ橋まで来ると太陽はすでに西に傾き、対岸の歴史地区のイスラム教寺院が日を遮り、夕日の元での寺院は黒々として美しかった。
橋を渡ると電車は歴史地区の上り坂を進んでいき、スルタンアフメット(Sultanahmet)駅で私たちは下車した。
そこは太陽光が強烈で昼間と同じぐらい暑い。
じゅうぶんな時間があるので、ゆっくりと三本の記念碑のある公園を歩いた。
広場の芝生は午後の雨で濡れていた。
私たちは芝生にビニールシートを広げて座ってミネラルウォーターを飲んだり、ゴマのリングパンを食べた。
しばらくすると、突然一匹の犬が私たちから5メートルぐらい離れたところに現れた。
その犬は大きかった。トルコの犬は狂犬病を持っている可能性がある。(日本と比較してという意味合い)
私たちはすぐにビニールシートを片付けてその場を離れた。
私たちは安全と思うところまで逃げた後で、振り返ってその犬を見ると、犬はさっきまで私たちが座っていたところに近づき、ぬれた落ち葉をなめた。
なんだ、犬は喉が渇いていたのだ。
犬の動作は緩慢で、今にも死にそうな様子だった。