ボスポラス海峡は黒海とマルマラ海の間にある細長い海峡である。
 長さは30キロ、最も狭いところで660メートル。
 黒海から海水がマルマラ海まで流れ出ている。
 両岸は木の多い丘陵地帯で、遊覧船は欧州側の歴史地区の船着き場から、北の黒海に向かって航行する。
 この時私たちの船は金角湾のそばの海上にあった。
 私たちは後方をふり返ればいくつかの寺院のドームや尖塔、前方を見れば新市街地のガラタ(Galata)塔の眺めを楽しんだ。
 船はだんだん左手の新市街地の海岸に近づいていく。この船は左岸のヨーロッパに沿って航行するらしい。
 私は目の前のガラタ橋以北は7月28日に路面電車に乗って電車のカバタシュ(Kabataş)駅に行ったときの道路のあったところだと思い出した。
   
 ガイドブックによると、遊覧船の走る両岸には、美しい観光スポットが多いという。撮影に忙しく休む暇もない。
 ガラタ橋、ガラタ塔を通り過ぎた後に、撮影すべきものは、巨大なヨーロッパ式宮殿だった。この宮殿は海峡に面していて、左右対称の数階建ての建物で、長さは6百メートル近くあるという。
 今、目の前の青い海面の上に現れた独特の建物がその宮殿だった。
 大変美しい。
 私は屋根のある所にいる息子のことや、つい今しがたおしゃべりをしていた日本男性のことを、完全に忘れていた。
 名前はドルマバフチェ(Dolmabahçe)宮殿だ。19世紀にはトルコ帝国の末期の何人かの皇帝たちはここに居住した。当然、ハーレムもここに置かれたのである。
   
 私が忙しく写真を撮っていると、突然、私の携帯が鳴った。
 携帯を開けて誰が電話してきたのかと見てみたが、電話番号は誰のものか思い当たらない。
 今日は私たちが帰国する日なので、航空会社が出航時刻の変更を知らせてきたのか(そんな訳ないか!)、あるいは旅行社の社長が何か用事があるのかと思った。
 あと頭に浮かんだのは、二日前に受け取ったメールのことで、「あなたの携帯電話は現在、ヨーロッパの電話網に接続されました。以後犯罪の電話にご注意ください」というような内容だったと思う。
 もしも知らない電話に出ると犯罪に巻き込まれてしまうということなの?
 だから私は通話しなかった。
 しかし携帯の呼び出しはまた響いた。私は何回か呼び出し音を聞くと、どうしたら良いか分からなくなった。
 私に電話を掛けてくる人が思い浮かばない。とうとう、私は携帯の電源を切ってしまった。
 例の男性は、「しつこい電話ですね」と言った。
 そこで私は、「きのう警告のメールを受け取ったんで、知らない人と話したくないんです」
 この時、私は入院していたときに面倒をみてくれた保険会社のパリの日本人女性のことをすっかり忘れていた。この電話は彼女がかけてきたものだった。
   
 帰国後彼女は電話をかけてきた。
 帰国後は精神的にも回復したので、電話に出ると、彼女は言った、「私は何回もお電話したんですよ。とても心配しました。どうして私に連絡をくれなかったんですか?」
 「国際電話が怖かったから」とは言えなかった。
 その後、保険会社の東京のスタッフが電話してきて、「今後はお客様の保険につきましては日本の我々が手続きしても良いのですが、ご希望なさいますか?」
 私は、「よろしくお願いします」と言った。その後のことは東京のスタッフが万事宜(ばんじよろ)しくやってくれた。
 退院した後、保険会社と病院で上手にやってくれると思っていたが、彼女らは入院費のことだけでなく、それこそ私たち二人が無事に日本に帰ったことを確認する必要があったのだ。
 それを知らないために、彼女らに連絡せず、心配をかけてしまい、恥ずかしく思っている。
   
 東京の保険会社は私たちに、薬屋で買った薬の費用も払ってくれた。それ以外に、帰国後一年もたってからだが、ハガキで知らせてきた。
 病院に支払った医療費はおよそ15万円だった。一日の入院でこんなに高い!
 あのときは15万円相当の米ドルのトラベラーズチェックは持ってはいたが
‥‥‥‥‥。

ページの先頭へ↑書籍公開に戻る

Copyright(c) 2015 トルコ旅行記 All Rights Reserved.