多分この教会はカーリエ博物館だ。
 だが私たちは入ることができない。
 そこで私は入口は別の所にあると考えた。
 建物の西側の坂道を下って、教会の北側に出た。
 教会は丘陵の斜面に建てられていた。坂の下に来て、教会の全景を見ることができた。
 教会の外周は芝生だ。だから教会に近づこうとして芝生に入ったら、すぐに警備員が向こうからやって来た。
 私たちの10メートルぐらいのところに来たところで、私は博物館の入口はどこですかとたずねた。
 警備員は英語ができないが、腕を上げて坂道の上を示し、私たちを追い払った。教会の丘の上側の入口に戻るようにと教えたかったのだろう。
   
 先ほどいた入口のような門に戻ると、その外に一台の車が停まっていた。白いショートパンツを穿いた二人の欧米系の若い女の子たちが、車のボンネットの上に腰をかけていた。
 彼女らはピッタリと体を寄せ合って、一緒に携帯電話のカメラに収まろうとしていた。
 カーリエ教会の門口で、教会を撮ろうともしないで、自分達二人だけの写真を撮っている。若い子ってこんなものだよねと私は思った。
 私は彼女らに聞いた、「博物館は見ることができないのかしら? あなたたち知ってる?」
 すると一人が、「It is closed at 4. (4時に閉館)」と答えた。
 私は腕時計を見て、今はすでに4時を過ぎたと知った。もともと私たちは間に合わなかったのだ。
 この時残念に思ったが、帰国後ガイドブックにカーリエ博物館は毎水曜閉館と書かれているのを見つけた。その日は水曜だった。
 息子は水曜に閉館だと知らなかったのだ。慣れていない息子にはそこまで調べることは無理だっただろう。
 私が気をつけるように言わなかったからだ。
   
 博物館が閉館していたとはいえ、この辺りはもともと静かなところらしく、周りの建物はみな石やレンガ造りだった。
 何百年も昔に建てられた物のようだ。
 屋敷の庭の樹木は黒々と茂っていて、静まり返っている。
 博物館の反対側はレストランの庭で、樹木の影に、十数個のテーブルが置かれている。
 ただ、今は営業していないのか一人の客の姿もない。
 日が落ちて開店すると、たくさんの人が食事を取るのであろうか?
 帰国後調べてみると、これはオスマントルコ様式木造二階建てのホテル・カーリエであった。
 庭には旗のポールが立っているが、今は風もなく赤い国旗は動かない。
 私たちは木の下で代わるがわる写真を撮った後で、ゆっくりと三角型の公園に戻っていった。
   
 公園内には木のベンチが幾つかあって、トルコ人の中年男性が何人か座っているだけだ。
 女性も子供もいない。私たちは不安になった。
 公園を抜けて、イスラム教寺院のある側の歩道に歩いて行く。
 歩道には、2台の屋台が出ている。
 店の人が、円い形の鉄板にかぶっている蓋を取ると、美味しそうな香りの熱気がプーンと来た。春巻きのような食べ物だった。
 私は歩きながら鉄板の上の食べ物を見て、この食べ物は安全か安全でないかと考えた。最後に、良く焼いてあるなら問題はないんじゃないかと思った。
 そこで、私は商人に聞いた「二つでいくらですか?」
 商人は、「1リラだよ」と言った。
 彼は紙で2本を包んだ。
 私たちはそれをかじりながら、ゆっくりと、道を歩いた。
 食べ物の中に、溶けたチーズが入っていて美味しかった。
 食べ終わった後で、壊れた城壁の一つの端は復元されたものだと気がついた。まるで建物のように見える。
 そこで記念にここで写真を撮ろう、と考えた。
 私がカメラのファインダーを見ていると、若い男の人が近づいてきた。

カーリエ博物館のあるエディルナカプの街路樹。

カーリエ博物館、ビザンチン時代の修道院。
モザイク画やフレスコ画が多く残る。

トルコの典型的な木造二階建て
ホテルカーリエだろうか。

同じくカーリエ博物館の真向かいの民家。

固く閉ざされた博物館の門。

博物館

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