私にはベッドの上でやらなければならないことが二つあった。
 一つは治療費の支払い、もう一つは旅行社と相談することである。
 今日の観光内容はギリシア時代の3つの都市の遺跡を見ることだった。しかし、私は参加できないので、朝早く8時ぐらいに起きたときに携帯で旅行社に電話をしたが、だれかわからないが電話に出てきた人にまた後で電話してくれと言われてしまった。
 旅行社が私たちをホテルに迎えに来るのは11時なので、9時にまた電話した。
 電話の向こうが、一昨日(おとつい)と昨日(きのう)の2日間お世話になったガイドなのかどうかわからなかったが、彼はすぐに私の言っていることを理解してきいてくれた。
 「明日あなた方は飛行機に乗りますか? イズミールに送る必要がありますか?」
 私は、「Yes, please! 」と答えた。現時点では明日のエフェソス遺跡の観光に参加できるかどうか分からないし、飛行機でイスタンブールに帰れるかどうか分からないが、航空券の交換ができるかどうかも分からなかった。予約した飛行機に絶対乗る必要がある。
   
 昼ご飯を食べた後で、ドクターがやって来て、今から退院して、病院の向かいにある薬局で薬を買いなさいと言った。
 彼は私に二枚の処方箋をくれた。ドクターのローマ字のサインがしてあるのだが、トルコ人の名前はよく知らないし、達筆なので、読むのが難しかった。
 保険の用紙を私に返しに来た女性事務員が言った。
 「薬を買った後で、私たちがホテルに送ってあげますから」
 彼女はエレベーターのそばまで送ってくれたが、ドクターも下へ降りるところだった。
 そこで女性事務員は笑いながら、「それなら私たちいっしょに降りましょうよ!」と言った。
 私たちがエレベーターに乗ったとき、エレベーターの中は混雑していて、ドクターの体が私の体に押しつけられた。
 私の顔はドクターの顔とものすごく近かった。エレベーターが降りていくとき、私はもう一度、「Thank you very mu・・・・」と言った。
 しかし、言い終わらないうちにエレベーターは一階に着き、ドアが開いた。
 ドクターは私の声が聞こえなかったかのように、すぐにエレベーターを降りると、屋内駐車場に立っていた同僚のドクターに気づいて、話しに駆け寄っていった。
 まるで一晩歯も磨けなかった私の口が臭く、反射的に逃げ出したところで、同僚を見つけて、話がある振りをしたかのようだった。
 私の穿いているショートパンツの下は紙おむつで、品質が悪く、私が寝ている間に2枚の紙の間に挟んである脱脂綿が完全に細切れになってしまっている。
 私は穿いていて気が気でなかった。
 事務員は道路の向こう側の薬局を指し示して、「あなた方のホテルはどちらですか? 薬を買ったら、病院からホテルまで送ってあげますよ」と言った。
 そこで私たちはサンキューと言って、薬局に入った。
   
 店の中には眼鏡をかけた教養のありそうな中年の男の人がいた。
 彼は私たちが何を必要としているのか知っていて、処方箋を受け取った。
 5分かそこら待っていると、彼は薬の服用方法を説明した。
 私と息子の二人とも、3種類の薬を飲む。
 説明によると、毎食後一つ飲むもの、毎日早朝と、夜の2回飲むもの、などなど彼の説明は細かかった。
 彼は薬の紙袋の上に英語で用法を書いてくれた。
 値段は全部で15ユーロだった。割と安かった。
 彼は私と息子にそれぞれ青い目のお守りの印刷してあるビニール袋を持たせてくれた。
   
 お金を払って薬局を出ると、乗る車を探さなければならない。
 病院の女性事務員は車を用意してくれると言っていた。
 私は彼女がタクシーを呼んでくれるのだと誤解していた。そこで私は黄色いタクシーを探して、運ちゃんに聞いてみた。
 「私たちをOOホテルに連れてってもらえませんか?」
 ところが、運ちゃんは何も返事をしない。
 そしてもう一台のタクシーに聞いてみると、運転手は大声で何か叫んだ。
 まるで怒っているようだった。
 私がビックリして困っていると、向こうから道路を渡って、若い男性が私たちの所へやって来た。
 彼は病院のそばに停めてある白い車を指さした。

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