支配人がそう言った後で、私は突如不安に駆られた。
 どうしてかというと、ここの病院の治療費がいくらぐらいなのか、さっぱり見当が付かなかったからである。そこで私は返事をしなかった。日本では国民健康保険がある。こんな病気なら数千円で済むが、保険がなければ数万円だろう。
 私は高い熱のために頭がはっきりしない、しかし、私に払えるものか知りたいと思った。財布からトルコに持ってきた旅行費用などを取り出した。(前に書いた〈⑪私のお財布の中身は?〉を参照してみて下さい。)
   
  ①日本円   一万円札 6枚
  ②米ドルトラベラーズチェック 100ドル15枚
  ③ユーロ       100ユーロ
  ④国際クレジットカード   VISA、MASTER
   
 私は、「Please, take care of me! 」(お願い、私の面倒を見て!)と言った。私はこれらのものをカウンターに載せて見てもらったが、4人のホテルマンは何も言わなかった。
 それで、外国人の客を病院に紹介して、客が支払えなかったときホテルが負担しなければならないと心配して、紹介したくないのかなと思った。
 私は目眩がした。下痢をしている人がトルコで医者にかかるといったいいくらかかるのか?
 私は再び言った、「Please, take care of me! 」
 10秒ぐらい待った後で、ようやく支配人が言った、
 「You have to discuss about money with a doctor. (治療費のことは医者と相談して下さい。)」
 彼らがどうしてトルコの治療費についてひとことも話さないのかわからなかった。私は不安を覚えた。
 そして、彼らが病人をここに立たせていることや、私がお湯や砂糖をくれということを無視したことに腹が立った。
   
 とうとう、最初に医者に診てもらった後で、治療費の問題は考えようと決めた。そこで私は、「Please, call a doctor. (お医者さんを呼んで下さい。)」と言った。
 彼らのうちの一人が、私たちにここで待って下さいと言った。しかしフロントの前のロビーには花壇の縁取りの石よりほかには座れるものがない。
 私と息子は石の上に座った。
 私は我慢できずに言った。
 「If a Japanese woman died of diarrhea in Turkey, how do the people of the world feel? (もしも日本の女の人が、トルコで下痢で死んだって聞いたら、世界中のみんなはなんて思うんだろうか?) 」
 彼らにとって私の言葉が意外だったと見えて、彼らが狼狽(ろうばい)する様子が見て取れた。4人とも私の英語が分かったのだ。
   
 10分ぐらいした後で、髪の毛をまるで18世紀のヨーロッパの音楽家のように束に結わえた外科の手術着(緑色の上着とズボン)を身につけた30才ぐらいの大変かっこいい男性が私たちの所にやって来た。
 彼は英語を話し、私と息子の様子について尋ねた。(息子も2度ウンチに行っていた)
 彼は私が飲んだというワカマツの成分について尋ねたので、説明書を見せた。だが、ロビーはとても暗い。カウンターに照明があるだけだ。
 そこで、私は大声で、「ここの電気を点けてください。ドクターが書面を読むんですから」
 フロントの奥の何人かがバタバタと動くのが分かったが、ロビーに明かりは灯(とも)らない。(帰国後、息子が私に言うところによると、あのホテルのロビーには照明がなかった。昼間は海辺の太陽が射しこんで、ロビーは明るかったんだと。)
   
 ドクターは私の常用薬について尋ねた後で、「あなたは私の治療を受けたいんですか?」と尋ねた。
 それで、私はドクターに私と息子の治療をお願いしますと言った。
 ドクターは不思議そうに聞いた、「彼も治療を必要としているんですか?」
 そこで、息子は発熱していないが2回トイレに行っていることと、息子は16才で私には日本にいる彼の父親に替わって面倒を見る責任がありますと伝えた。
 ドクターは再び私に尋ねた。「あなたは私の治療を受けることを希望しますか?」
 私は「Yes.」と答えた。医療費のことは、ドクターは海外旅行保険の手帳を一目見るなり、問題はないよと言った。彼は、アメリカなど海外で医学を勉強した人のようで、英語もできるし、保険のことも知っているし、私は安心した。

ページの先頭へ↑書籍公開に戻る

Copyright(c) 2015 トルコ旅行記 All Rights Reserved.