南ゲートの広場には大きなガラス屋根の建物があった。オリンピックの会場のようでもあり万博会場のようでもあった。
 ガラスの屋根の下には飲み物やガイドブックなどを売る商店やカフェ、レストランなどが入っていた。
 南ゲートに着いたときに、大型観光バスを見つけたいと思ったのに、どのバスも私たちが乗ってきたバスとそっくりに見えた。
 私はナンバーを覚えていなかったが、私たちのバスの正面には旅行社の名前が貼り付けてあるはずだ。
 まだバスを見つけられないで探しているときに、ガイドがやって来た。それで、ほかの客はすでに別の所に集まったので、ガイドは私たちを捜しに来たのだと思った。
 私は遅くなってすみませんねという顔をしたが、ガイドはあなたがたが最初に見つけた客だと言った。そして、レストハウスであと15分休んでていいよと言った。
   
 そこで私一人で商店にミネラルウォーターと英語のガイドブックを買いに行った。ここ20年来私は英語を勉強していないので英語の本を買いたいと思ったのだ。
 ガラスの屋根の下には何百人もの観光客がいた。こんなにたくさんの人がヒエラポリスに来ていたんだ。遺跡を観光しているときは見かけなかったのにと、驚いた。
 しかし午後の3時4時ともなれば、大部分の観光客はホテルに帰らねばならない。夜行バスに乗って別の所へ行く人もいるだろう。
 水を買った後で、つい今しがたガイドが教えてくれたバスに乗った。
 ほかの客も二人三人とバスに戻ってきた。
 バスが出発した後はガイドは特別なことは何も言わず、ほとんどの人は水着のままや、バスタオルを掛けて寝てしまった。
 観光バスは西に向かって順調に走った。私も寝てしまった。今日泊まる海辺の都市クシャダスはここから2百キロ離れている。
   
 私が目を覚ましたとき、バスは小さな丘がたくさんある所を走っていた。太陽は小さな山陰に隠れている。
 面白いのは山辺の森や林は自然林ではなく、果樹園だということだ。
 こんなに広大な地域を車で飛ばしても、農家の一軒もない。村から5キロ10キロ離れている農地でも耕作している。
 私はちょっと嬉しくて、オリーブ林の写真を撮った。
   
 とうとうバスは、丘の上に幾棟か高層ホテルが建っているところに着いた。観光客はそれぞれ泊まるホテルが違う。
 下車するときに、ガイドは、明日は朝8時半に旅行社のガイドがホテルに迎えに来ると言った。
 私たちは自分のスーツケースを持ってフロントに行った。
 手続きをしているときに、私は茶色の髪のギリシア系の若い男の従業員にたずねた。
 「ここではアメリカドルのトラベラーズチェックはトルコリラに換えられますか?」
 私たちのトルコリラの現金は少なすぎた。ユーロも少ない。
 彼は、「NO !」と言った。
 そこで私は日本の一万円札を出して見せ、聞いてみた。「では、日本円は使えますか?」
 というのは、カッパドキアのローズヴァレーで日本円でテーブルクロスが買えたのを思い出したからだ。
 しかし彼は私が出した日本の紙幣を見て、不思議そうな顔をした。
   
 この時私はちょっと元気があって、彼に自分の国の造幣技術の高さを教えてやりたくなった。
 私は彼の手に紙幣を持たせた。
 彼は興味を持ったようだった。
 そこで日本の紙幣にはたくさんの鑑別のための仕掛けがあるんですよと言った。
 しかし細かいことを教えてやるには虫眼鏡がいる。
 日本の紙幣の印刷された一つ一つの数字は顕微鏡的なレベルの極小の数字の集合体でできている。それ以外にも様々な仕掛けがあるのだが、虫眼鏡がないのと、私の英語力で説明ができるかどうか心配になってきたので、引き下がった。
 今回は、自慢話は止めておかねばなるまい。

観光客を待つバス

南ゲートのモダンな休憩スペース。

一路バスはエーゲ海の港湾都市クシャダスを目指す。

山辺は日の沈むのが早い。

看板も電線もない。ただ途切れることなくオリーブ畑や果樹園が続く。

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