テロリストだの民族紛争だの、私の想像上の(?)危険の中でいつしか眠ってしまったのだろうか?
 起きたときにはバスはすでに止まっていた。
 まず目にしたのは、乗務員席の傍らに立っている男女の乗務員の顔に浮かんだ困惑の色だった。彼らはお互いに顔を見合わせている。
 女性乗務員が手首の内側で自分の頭を叩いた。まるで私には彼女の心の中の驚きの叫びが聞こえたかのようだった。
 彼女は私の顔を見た。まさか、困惑の原因が、私に関係があるのか?
 彼女は私の傍らに来て、ひとこと言った。「パムッカレ(Pamukkale)!」
 それ以外には何も言わなかった。
 私には彼女の言いたいことがわからなかった。意識はまだボーッとしていた。
   
 彼女は日本語で言った。「降りて下さい!」
 私はびっくりして、すぐに息子の肩を叩いた。
 私たち二人は、大急ぎで両手にリュックサックや上着や洗面器、ポリ袋、ペットボトルを持ってバスを降りた。
 大型バスの荷物入れのそばには、数人の男たちが立っていた。あたりは夜明けの薄明かりだ。
 体格の良い一人の中年男性が、頭をバスの荷物置き場に突っ込んで、私たちの二つのスーツケースを捜しているところだ。
 私は、「light blue and pink‥‥‥(薄い青のとピンクのと‥‥‥)」
 と、彼を助けるつもりで言った。
 ところが彼は大声で何か怒鳴った。たぶんこう言ったのだろう、「黙ってなよ、邪魔なんだよ!」
 その声があんまり大きかったので、私は話せず、ただ彼のやることを見ているしかなかった。
   
 私たちのスーツケースが見つけ出されたとき、ひとりの男性が私に尋ねた。
 「MASAKO SUGIURA ?」
 数人の男性の中の二人は旅行社のスタッフだった。
 大型バスのそばに二台の白い車が止まっていた。
 彼らは私たちをそのうちの一台に乗せた。
 私と息子は突然起こされて、たくさんの荷物をぶら下げてバスを降り、どやされて、本当にくたくただった。
 私は何も言わず、自分のスーツケースを車に運び込み、乗車して休みたいと思った。
 ところが、旅行社の若い男性は、私たちを歓迎してくれたのだろう、突然歌を歌い出したのである。
 「SAITA! SAITA! CHURIPUNO HANAGA 」(咲いた!咲いた!チューリップの花が 」
 彼は私が聞いていなかったと思ったのだろう。繰り返して歌った。
 この歌は日本の小学一年生が習う童謡である。あるいはまた、チューリップはトルコの国花でもある。
 しかし、私は気分が悪くて、答えてやれない。
   
 足を一歩、車にかけて上ろうとしたとき、彼は私のそばに立って、たまらずに叫んだ。
 「DOUSITANO ? DOUSITANO ? (どうしたの? どうしたの?)」
 彼は状況を理解しておらず、ただ日本人と交流したいと思っただけなのだ。だから、私たちの反応を不満に思ったのだろう。
 そこで私は、自分の両手を合掌のポーズにして右頬の下に当てて、首を傾けた。これは日本の子供たちが眠ることを表す身体言語だ。
 たぶん私の言いたいことが理解できたのだろうと思う。そのあとは、声を出さなかったから。
 今になって、彼の顔を思い出そうとするのだが、思い出すことができない。もともと顔を見ていなかったのだ。
   
 私たちは一台に乗ったと思ったら、彼らはまたすぐに、別の一台に乗り換えさせた。二名の旅行社のスタッフが乗り込んできて、ほかの旅行者を迎えに行くために、道路を速いスピードで走り出した。
 今朝、スタッフは私たちの乗った夜行バスが来るのを道路の脇で待ったのだろう。夜行バスの職員は、旅行客を目的地で起こして下ろさねばならない。
 ところが、今日の我々の下車には、問題が生じたのだ。旅行社の車がバスを停車させたのだ。それで、バスの運転手は不機嫌だったのだと合点した。

 

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