どうして昼間働いた人がシャワーも浴びずにこの夜行バスに乗っているのか? そういう疑問が突然私の脳裏に浮かんだ。彼らは季節労働者なのか? 8月上旬の断食月(ラマダン)のために故郷へ帰らなくてはならないのだろうか?
 しかも、奇妙な音が聞こえた。まるで一階の荷物置き場のスーツケースがバスの揺れに従って、あちらへ行ったり、こちらへ行ったりするときに出すザーザーという音のようだ。
   
 私は2、3年前に日本の旅行社が企画した団体のトルコ観光バスツアーのバスが、ホテルに行くために、夜間高速で走っていたとき横転事故を起こしたのを思い出した。その結果数人負傷、数人死亡した。
 その旅行社は日本でも有名だ。私たち家族もその会社の中国旅行に参加したことがある。というのは、料金が格安だからだ。
 その反面、バスの運行が非常にタイトだった。観光バスをチャーターするので、初めから終いまで同一の運転手が担当することになり、疲労がたまるのが原因だろう。この旅行社のトルコ団体旅行の観光バスの事故は一度ですまず二度も起こった。
   
 私は息子を押して言った、「足の下からザーザーゴーゴーという音が聞こえない? スーツケースがずれ動いているんじゃない? バスが横転しないかな?」
 息子は、「母ちゃん何を馬鹿なこと言っているんだい? 絶対起こりっこない!」
 息子はすぐに寝てしまったが、私はもう一種類の怪しい音を聞いた。私の座っている車内のどこからかもうちょっとで何かが破裂するような音がする。昔こんな音を聞いたことがある。
   
 20年以上も前のこと香港の飛行機に乗って、それが離陸しているときのことだった。
 頭上のラックの建材と通路の天井の境界線のあたりが横ずれを起こしたり戻ったりしながら、すぐにでも壊れてばらばらになりそうな音を立てているのだった。あのとき私は、恐ろしくて、乗っている飛行機が空中分解してしまうのではないかと考えた。
 私の脳裏にこのバスもすぐにひっくり返ってしまうのではないかという不安がどんどん大きくなってきた。
 私は乗車口近くに座っている例の二人の乗務員を見たが彼らに変わった様子はない。そこで考えた。イスタンブールから来たバス会社NEVŞEHİRのバスはこんな騒がしい音はなかった。しかし、国内の旅行客が利用するSÜHAのバスの品質がNEVŞEHİRほど良くないんじゃないか。
 私の聞いている音は乗務員も聞いているはずで、彼らが今の運行に問題がないと思っているのだ。それなら私も眠った方がいいと思った。
   
 突然、目が覚めると、バスは止まっていた。
 何の騒音もしない。
 乗務員は皆、バスの前の方に行っている。彼らを見ることができない。
 その後で、ベレー帽をかぶった軍人か、あるいは保安員か(私には識別できない)の若い男の人が通路の前の方から私たちの所を通り過ぎて後ろに行った。
 私はその人が自動小銃を持っていて、ゆっくりと私たちの傍らを歩いて行ったと思った。
 (息子は、今こう言っている。「自動小銃を持ってたって? 母ちゃん寝ぼけて見てたんだろ! あんな狭いバスの中で、自動小銃なんか持てないよ」)
 続いて女性乗務員がやって来て、乗客たちに何か言った。
 私たちの前に座っている乗客たちはみんな自分の手帳を出した。たぶん身分証なのだろう。
 女性乗務員は乗客たちの手から身分証を集めていく。返すつもりはないようだ。彼女がだんだん私たちに近づいてくる。
 私は息子を押して言った。「パスポートがいるよ」
 女性乗務員は私に言った。「Passport ? OK 」
 彼女はパスポートを見るとすぐに返してくれた。トルコ人の身分証はみんな持って行ってしまった。現在トルコはクルド解放戦線の問題がある。
   
 私は息子に言った。「東の国境の方で何か問題でも起きたのかもしれないね、それともこのあたりでテロが起きたんだろうか? 公安がこのバスにテロリストが乗っていると疑っているのかもしれないね」
 しかしバスは5分と待たずに動き出した。
 私たちはワールドニュースを知らなかった。不安に思うことをうるさく息子に言った。
 不思議なことに、あの私を不安にさせた音がなくなっている。私はとうとう眠ってしまった。
 帰国後、息子は打ち明けた。息子は寝ていたときに空のペットボトルを踏みつけて足を置いていたのだと。

 

ページの先頭へ↑書籍公開に戻る

Copyright(c) 2015 トルコ旅行記 All Rights Reserved.