カッパドキアの旅行社の白いミニバスは私たちを旅行社の事務所に連れていった。
 私は今日のスケジュールの細かい内容は知らなかった。知っているのは地下都市の観光とトレッキングということだけだった。
 今日のショートトリップの参加者がそろったようだ。
 スタッフが私たちを呼んだので、私たちはミニバスに乗った。
   
 ミニバスは岩のごろごろした小さな村の中を走っていく。
 運転席の後ろにトルコ人の若い男性ガイドが座っていた。
 彼は体格が良くて顔は日に焼けて浅黒く、声は大きくて英語の発音はとても良かった。
 彼は言った。「今日は岩の中の都市に行きます。それからトレッキングの距離は4キロメートルです」 
 私は今日の旅も昨日のようにきついだろうなと思った。
 こんな強烈な太陽の下で4キロも歩かなくちゃいけないの?
 今日のガイドは私たちに自己紹介をさせたりしなかった。
   
 ミニバスが停まり観光客は下車した。
 私はバスがどこに着いたか知らなかった。
 あたりには特に見るべき物はないし、目の前に現れたのは、乾燥した荒れ地である。
 ガイドが土産物店のテントをくぐって行くので、私たち観光客も後に続いた。
   
 商店を通り抜けると、眼前に出現したのは雄大な風景だった。
 私たちは岩山の崖の上に立った。柵はない。
 無数の三角帽の形をした岩山が林立している。岩石の色は象牙色だ。
 空の光がこれらの岩の色に影響を与えていた。
 もしも、日暮れの光の中で見たなら、岩はピンク色に変わって見えるだろう。まるでバラの花のように。そこでここはローズヴァレー(バラの谷)【赤い谷】と呼ばれている。
 私はこの風景を見て感動した。日本にはこういうタイプのきれいな特徴的な風景がなかったからである。
   
 とても危ない崖の上だというのに、ガイドは私たちを呼んで、カッパドキアの歴史について紹介を始めた。
 ガイドは黒いサングラスを掛けて、グリーンのTシャツとジーンズの短パンを穿いていた。
 彼の話す英語の発音は、標準で澄んでいて、あたりに良く響いた。
 私のほかはみな若い人だった。
 ガイドも観光客も太陽をものともせずに、彼らの中の誰一人として帽子をかぶっていない。私は商店の建物の中に戻りたかった。
 ガイドはカッパドキアの歴史を紹介するとき、膝を折って地面にかがみ込み、石ころで地面に古代国家の地図を書いた。
 ここがエジプト、そしてここがギリシャ、トルコ、ビザンチン帝国。
   
 私は、欧米の白人が太陽の光を恐れず、ガイドを囲んで真剣に話を聞いているのを見て、あきれてしまった。私も息子も日傘をさしているというのに。
 白人はローマ時代から今に至るまでこんなふうに身体壮健であったのだ。我々東洋の島国の日本人が白人と戦ったなら、おそらく打ち負かすことはできないだろう。
 ガイドはまるで映画の中で自分の部隊に作戦計画を説明しているアメリカの軍曹のように、押し出しがきいていた。
 今日の息子は大学生らしき欧米人と一緒に嬉しそうにガイドの話を聞いている。

さて今日のガイドは頼もしそうだ。

ローズヴァレーを見下ろすポイントで
カッパドキア地方の歴史の講義の始まり始まり!

夕日でバラ色に染まると言うが、朝日に照らされたローズヴァレーも生クリームのたっぷりかかったデコレーションケーキのようで美味しそうです。

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