開場だ!
 コンサートホールの観客席は階段形式だ。
 観客席の下には半円形の舞台があって、壁には巨大なスクリーンが掛かっている。
 私は軍楽隊のショウは屋外で行われると聞いている。
 しかし、今日は大雨が降ったので、演奏が生で聴けなくて、録画を見せられるのかと心配だった。さっき私が見かけた外を見ていた職員たちは演奏が外で行えるかどうかを論議していたのではないかと思った。
  
 コンサートホールの明かりが消えた。
 スクリーンに映像が映る。 
 英語で5分ぐらいのビデオが映された。
 軍楽隊の映像はなかった。
 多分、今日は雨が降ったので屋外での演奏はできないだろう、したがって屋内で行われると思った。
 だが、軍楽隊の打楽器の単純なリズムとアジアの吹奏楽器に似たチャルメラのつんざく旋律が聞こえてくる。
 遠くの音がだんだん近づいてくる。
 とうとう軍楽隊の先頭がホールの右袖のスロープに現れた。
 一列縦隊でスクリーン前まで下りてくると、スクリーンが巻き上がった。
 スクリーンの背後の壁が分かれて開いていく。
 目の前には雨で潤った木々の茂った庭が出現した。 
 この時、私は理解できた、晴れの日ならば軍楽隊は庭園からホールに行進してくる、しかし今日は雨だったので地面には水たまりがある。だから彼らはこのような演出をしたのだ。
 私は嬉しかった。軍楽隊の演奏を生で鑑賞できるからだ。
  
 オスマン帝国の軍隊は強大だった。
 まず第一にトルコ民族のヨーロッパ軍団とアナトリア軍団、そして第二には自民族ではないが多数の男たちを手足の如く服従させて軍務に就かせていたのだ。
 キリスト教徒の少年を徴用、あるいは奴隷として買い上げて、イスラム教に改宗させた後、軍事教育を施して作り上げたイェニチェリと呼ばれる精鋭部隊。
 彼らは子供のときから親より引き離されて洗脳されスルタンの身辺警護から始まり、オスマン帝国最盛期には次期皇帝の即位に関しても影響を持ち反乱を起こすほどにもなる。
  
 ところが一方では、コンスタンチノープル攻防戦で悲哀を味わった男たちがいた。とうてい勝ち目のないオスマントルコとの戦争を回避して属国になったセルビアなどの弱小のキリスト教国の騎士たちである。
 不承不承メフメト二世に従っていた男たちである。
 まず城壁に向かって突撃させられたのは、犠牲になってもトルコにとって痛くもかゆくもない武術力の劣る者や、これら征服されたキリスト教国の部隊だった。
 逃げ帰れば切るぞと半月刀を持ったトルコの大男たちが退路をふさいでいた。結果として生きて帰れないという意味において、自殺部隊同然だった。
  
 また、オスマントルコの部隊で戦術として重要な物のひとつとして、音楽を用いて威圧するというのがある。
 だんだんと近づいてくるトルコ軍の音楽はビサンチン(コンスタンチノープル)のローマ人たちには恐ろしいものであったろう。
 敵陣に突撃するとき、音楽は兵士の士気を鼓舞し、傷を受けた兵士の死に際の苦痛の叫び、断末魔(だんまつま)の叫びをかき消すのだ。
  
 私の話になるが、どうしてトルコの軍楽隊を知ったかというと、40年ぐらい前NHKのテレビ連続ドラマ「阿修羅(あしゅら)のごとく」(有名なシナリオライター向田邦子作)に登場したのが独特の魅力的な音楽で、それがまさにこのトルコ軍楽隊の行進曲なのである。
 ヨーロッパとは違うアジアのまか不思議な魅力を持つ音楽なのだ。

 

メフテル(軍楽隊)の実演

用いられる楽器は東洋的な物が多い。
特にチャルメラ。

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